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50代からの貧乏ながら気楽な人生

ミドルの視点から見たさまざまな問題やネタを綴ります。

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死を間近に感じた際に俺が取った行動とは


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■死と向き合うことになった経験

実は俺には死と向き合うことになった経験がある。と書くと少々大げさかもしれないが、少なくとも結構ヤバい状態ではあった。

ちょうど本疫を迎えた歳である。体調が悪化し、体重が急激に減少し始めたのだ。多少太っていた時期だから体重が減るのはありがたかったが、体調が悪化したのは困った。当時は経営側に回っていた時であり、仕事は山積みの状態だった。よって仕事の合間にちょっと眠るような日々を強いられていた。金はあったがやることが多く、時間的余裕は全くなかった頃だ。

どうもこれではまずいとばかり病院へ行き、血液検査を受けると共に、超音波におけるエコー診断やレントゲン写真を撮ったりもした。するとここで、衝撃の事実を知らされることになった。肝臓に腫瘍があることが発覚したのだ。しかも血液にもそれを裏付ける兆候が出ていた。さて困った。子供はまだ小さいし、仕事を投げ出すことはできない。

この事実を知らされた後、俺は病院の駐車場に停めてある車に戻った。まさに頭の中が真っ白な状態となったような気がした。近くをよぼよぼの老人が歩いている。しかし、もしかすると彼よりも自分の寿命は短いかもしれない。そう思うと、恐怖心がわき起こった。俺は動けずに、1時間ほど、駐車した車の中であれこれと考えを巡らせた。

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■死と向かい合った後の俺の行動とは

さてさて、この後、俺はどうしたと思います?

実は車の中であれこれと考えを巡らせているときに、ある言葉が脳裏に浮かんだ。それは「自然治癒」という言葉である。人は誰もが免疫機能を備えている。これが機能することで、多くの病気が完治するわけである。

まあ、だからと腫瘍が消えるほどの力があるか否かはわからない。しかし、オペなどしている時間的余裕はなかったので、できればこの力に頼りたかった。また、頼るからには、この機能を最大限に強める取り組みをする必要があると考えた。

そしてここまで考えがまとまった段階で俺はエンジンを始動させ、自宅へと戻った。

自宅では免疫機能についてのさまざまな文献をネットで調べては読み進んだ。そして、免疫機能を強化できると思えることはすべて当日から実行することにした。

とりあえずは、生活の改善である。これまで仕事の合間に睡眠をとるような日々を送っていたが、早寝早起きを自らに課すことにした。必ず午前0時を迎える以前に眠りにつくことにし、また、起床は5時とした。起床をしたらトレーニングウェアに着替えて軽くジョギング。そして朝日をいっぱいに浴びることにしたのだ。

また、その日以降、自分にとって気分の良いことを優先して取り入れることにした。たとえば、ゆったりと風呂に浸かる、森林浴をする、癒しの音楽を聴く、笑えるコメディ映画を見る、人との楽しい時間を過ごすなどだ。これらはすべて免疫力の強化に有効だと判断したからである。また、免疫力を強化する可能性のある食品や漢方などは率先して取り入れつつ試すことを始めた。

しかしながら、仕事はそのまま続けた。結果的に仕事量はさほど減らさずに、日々規則的な生活を自分に課した。

病院には特別な治療は必要ないことを告げた。すると医師はこう俺に言った。
「素人考えでそんなことをしていると、あんた、死にますよ」
医師は医学を学ぶが、一方で患者のメンタルケアに関する教育をあまり受けないようである。まあ、最近ではこの点については強化されているようでもあるが。

そして一ヶ月以上経過したある日、俺はその病院を訪れて再度検査を受けた。後日知らされた結果は信じがたいものだった。医師は頭を傾げていた。腫瘍の陰が薄く小さなものとなり、血液はほぼ正常の状態に戻ったのだ。

いかがだろうか。信じられるだろうか。

しかしこれは、事実である。お陰でそれから15年近く経過したが、俺はまだ生きている。今後も元気でいられるか否かはわからないが、少なくとも現状は元気に生かされている。ありがたいことである。

ただし、これだけで難しい病気が完治すると認識されるのは間違いである。俺の場合はたまたまだったのかもしれないし、放っておいても同様の結果となったのかもしれない。だからあまり参考にしていただく価値はない。あくまでも一例として認識しておいていただければと思っている。

 

■死を意識した際の想い

まだ先だと思われた死を、突然リアルに直視しなければならなくなったとき、人はどのような行動にでるものだろうか。これについては、こんな経験をすることになる以前から、少々の興味を抱いていた。

たとえば、好きなことをする、仕事を辞めて治療に専念する、酒に浸るなど、とにかくはこれまでにない行動にでるだろうと考えていた。しかし、俺の場合、日々仕事を続けたし、行ってみたいと思って行くことのできなかった地に足を運ぶということもなかった。当時カネには不自由はしていなかったので、また、経営サイドにいたので、スケジュールは自分で調整するつもりになれば、如何様にも調整することができた。

しかしなぜか、俺は仕事を続けたし、これといって休養を取ることもなかった。

ただ、先にもふれたように、免疫力を強化するための行動は率先して行った。それは、実に快適な生活であった。時々襲う死への恐怖はあったが、それよりも、心地よいことや楽しいことを経験することに勤めていたので、心が折れることもなかった。

そして、心地よい日々を送る中で、なぜなのかはわからないが、死が遠ざかっていくことを悟り始めた。理由は今もわからない。きっと死を迎えるタイミングではなかったに違いない。

この世に生まれた以上、誰もがいずれ死を迎える。そしてその時がいつかは、誰にも知る術がない。だからこそ、突然、死が目前のものとなった時のことを、今のうちに考えてみるのもよいことかもしれない。あなたの人生における最も重要な何かを、発見できるかもしれないからである。

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