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50代からの貧乏ながら気楽な人生

ミドルの視点から見たさまざまな問題やネタを綴ります。

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高卒55歳最低男が考える学歴社会とは


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■学歴は持っておくべきか否か
俺は高卒で職にもあぶれた、まともな仕事に就かない状態爆走中年男なので、学歴については、常に底辺から見上げる立場にあった。だからこの視線での見解しか語れないが、大卒の「人生学歴じゃないよ」という意見よりは、むしろ結構リアルに語れるかもしれないと、この話題に触れてみることにした。

ガキの頃から、もともと勉強は好きではなかったし、高校の頃からバイトに明け暮れていたので、なんとか卒業した後は、働いてカネを作って自由な日々を送りたいと考えた。また、職人的な生き方をしようと考えていたから、大学まで進むことにさしたる必要性を感じなかったので、進学についてあまり真剣に考えたことがなかった。

しかし、学歴は必要ないかというと、とりあえず持っておいた方がよいというのが、半世紀以上生きてきた上での見解だ。なぜなら、持っていたからといって邪魔になることはあまりない(たまにあるそうだが)一方で、メリットを享受できる場面は、各所にあると思われるからだ。

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■学歴があることのメリットとは
たとえば、人が新しく出会った人間を見る場合、その人の、頭が良いか悪いかを判断する素材として、日本ではどこの大学を出たかという部分に注目するこが多い。実際には、頭の良し悪しに学歴はあまり関係ないのかもしれない(いやあるな)が、そんなことを事細かに観察するよりは、「東京大学卒」の一言が確認できる方がよっぽど楽だからだ。

また、これは国家資格取得のアドバンテージにも同様のことがいえる。たとえば面接において、ある学生が、自分の得意分野をあれこれとアピールしたとする。実際にその学生はそれらについての知識が豊富で仕事ができたとしよう。しかし面接官はこれを真実か否か把握する術がない。

であるならば、履歴書に自社が人材として欲している技術に関連する国家資格がずらりと並んでいる人間の方が信用がおける。その人間ができるか否かはわからないが、少なくとも国家資格を取得するだけの能力は備わっており、それは国が認めていることだからだ。

この様に、初対面において相手を判断する素材は、その当人があれこれと口でいう情報よりも、その人間を第三者が認定した事実を判断する方が確かといえる。

よって、頭が良いのなら、とりあえず一流大学に進学しておくべきだし、国家資格を取得して置いた方が、第三者に信用してもらいやすい。学歴社会とは、会社に入社する時のみのものではなく、その後の人生全般にかかわる問題なのだ。

なお、俺は大学受験をした経験も、当然入った経験もないから、ピュアな高卒である。この一方で、たとえば「東京大学中退」もまた同様に高卒となる。ところが両者には天と地の相違がある。

こと日本においては、大学で何を学んだかという最も重要なポイントよりも、その大学に入る能力があったかを重要視されることが多い。難関をくぐり抜け多くのライバルを蹴落として、その大学に入ったことを自体を評価する傾向が強いからだ。

まあ、研究職とか特殊な職業の場合は適用されないだろうが、少なくとも飲み屋で会った相手が「大学はどちらですか?専攻は?」と聞いた際に、「や、いってないっす。高卒です」と答えるよりも「東京大学工学部で物理工学を学びました。あ、でも卒業しなかったので、最終学歴は高卒なんですけどね」との答の方が、よっぽどかっこいいに違いない。

■Fランク大学でも行っておく価値はある
最近では三流大学やFランク大学に行くことに意味があるかという点がよく議論されている。卒業したとしても現役高校生にも満たない学力の人間があまりに多いということが問題視されているようだ。しかし俺は、たとえFランク大学でも、入学を許可されたのであれば、そして他に進学先がないのであれば行っておいた方がいいと思う。

ただし、せっかく高いお金を出して通うのだから、一生懸命学んでいただきたい。また、専攻学科に関連する国家資格などがあれば、片っ端から取得しておくことを強くお勧めする。

現在の日本は、どうこういってもやはり学歴社会だと思う。「Fランク大学なんかに行ったって意味ないじゃん」という言葉をよく耳にするが、この「ランク」という部分のみをとってみても、十分に学歴社会であることが見て取れる。

学歴社会である以上、仮に知名度の低い大学に入ってしまったのなら、一流大学を卒業した学生と同じ道を歩むのは、確率的に難しいかもしれない。これは、大学別や学部別の就職先企業実績を見れば明らかだ。

でも、「俺は大学で一生懸命学んだ」という自信があれば、それは実社会に出てから、必ず何らかの力になるはずである。10代から20代における学びは、その後の人生に大きな影響をもたらすものだからだ。また、学歴による格差から逃れたいのであれば、評価される側ではなく、評価する側を目指すという手も考えられる。

■これからでも遅くない学歴形成
なお、何らかの事情で大学に進学できず、現在すでに働いているという方であっても、そして、生きるために働く必要があり、とても学生には戻れないが、大学へ進みたかったと思われている方がいらっしゃるのなら、通信教育でも、学位の取得は可能である。学費も年間10万円程度でことが足りるはずである。

まあ、働きながらだとスクーリングも含め、6、7年かかる場合もあるが、仕事を続けながら学んで大卒になることができるし、現在では大学院にも、通信教育過程があるときく。大学で学びたいというのであれば、年齢は関係なく学んで大卒になることはできる。是非とも、頑張っていただきたいと思う。

長くなった。

まとめるならば、なるべくなら大学へは行くべきである。また、どうせ行ったのなら、頑張って学ぶべきだと思う。行ったから大成できる、幸せになれるということはないが、行って頑張って勉強しておいた方が、後に享受できメリットは多い。少なくとも頑張って学ぶ4年は、その後の人生に少なからず影響を及ぼすことだろう。

また、頑張る気がありさえすれば、年齢に関係なく、学ぶ環境を作ることができる。少子化に改善傾向が見られぬ昨今、扉は十分に開かれているわけだしね。

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