50代からの貧乏ながら気楽な人生

ミドルの視点から見たさまざまな問題やネタを綴ります。

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必死に働いてお金を得てそれを消費する繰り返しに未来はあるか


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■必死に働き必死に消費するサイクル

日本は資本主義経済であることから、企業が利潤を追求するのは、当たり前のことと言える。というより、利益を出すことのできない企業は悪とまでいわれることが少なくない。このため、企業は常に自社のシェアを拡大しようと努力するだろうし、売上を拡大し、大きな利益を上げ続けようと考えるものである。

また、利益を拡大するために、企業はさまざまな戦略を用いる。たとえば、さまざまなメディアを活用し、自社製品の広告をより広範囲に打つことだろう。これについては、改めて説明するまでもなく、テレビでは頻繁にCMが流れ、美女やイケメン男があなたに語りかけているはずである。また、ネットを見ても、さまざまな広告を目にすることになる。

頻繁に目にする情報に、人は親近感を覚える心理的作用が働くことから、もしその商品に興味があれば、次第にそれを欲したいという欲求が増していく。そして、あるとき店頭でその商品を目にした際には「ああ、これかぁ」と手に取り、そしてそれを購入することになるはずだ。また、その商品が消耗品であり、しかも気に入れば、それから以降、その商品を買い続けることにもなるはずだ。つまり、この世の中は、消費者の欲望をかき立てる情報が氾濫しており、人は常に何かを欲して生きることになる。

よって、自らに制限を設けていない場合、家にはさまざまなものが増え続ける構造となっている。これを人は「豊か」と称することもある。ほしいモノを気にせず購入することができるわけだから、常に突起する欲望を、その都度満たすことができる。確かに豊かと言えば豊かである。

しかしここには、ひとつの制約もある。それは、欲望を満たすためには、お金が必要だということだ。お金がなければ商品がほしくても買うことはできない。そしてだからこそ、人は豊かになるために必死になって働くわけである。

 

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■無駄な物欲を排除した生活を仮定してみる

さて、ここでこの考え方や流れをちょっと変えてみることにしよう。あくまでも仮にという前提だが、もし仮に、商品に対する欲求を消し去ることができたらどうだろう。生きる上でどうしても必要となる最低限の生活必需品以外には、興味を持つことなく生活することができるご自分を想像してみていただきたい。

「なんか、つまらない人生になりそう・・・」

確かにそんな思いもよぎるかも知れない。しかしここではそれは置いておき、そうなった場合のご自身の支出額を、簡単でよいので計算してみていただきたい。これまで欲望に任せて購入してきた数々の商品を、もしまったく購入することがなかったとしたら、あなたの支出はどのような額の削減になっただろうか。また、その額を得るための労働時間も、同時に計算してみると良い。きっとその額、そしてそれを得るための労働時間は、多大なものであったはずである。

このように、多くの人は、欲望を満たすために必死に働く。しかし考えてみるならば、欲望がなければ、必死に働く必要もない。また、欲望がない方がまともに働けば、使うところがないわけだから、それを貯蓄に回すことさえ簡単にできることになる。お金は毎月積み上がり、大きな額になれば、それを不動産などに投資して不労所得を得ることさえできることだろう。

■物欲を断つことに成功した人の生活の実態

実は最近、ものを極力持たないライフスタイルが注目を浴びてきている。本ブログでも何回かご紹介したが、シンプリストやミニマリストという人々である。これらのカテゴリーの中にも、さまざまな生き方はあるが、彼らは一般的な消費構造に組み込まれることなく生きている。

生活が殺伐としたものになるのではとお考えかもしれないが、彼らは案外自由に、そして気楽な人生を歩んでいたりする。消費自体の欲望を捨て去ることに成功した要因は、そのことによって得られるメリットにある。

先にもふれたが、消費を最小限にすれば、基本的に支出額は激減する。すると、ここにいくつかの選択肢が生まれることになる。ある人は、楽で短時間の仕事を選択する。また、ある人は、最小限生きることができるお金を稼ぐモデルを作り上げ、早々にプチリタイアを決め込んだりもする。さらには、働きながらもこのような生活にシフトすることで、驚くほどの額のお金を貯め続ける人もいるのだ。

なお、シンプリストやミニマリストの生活は、資本主義経済の繁栄に貢献しない生き方だという考えもあることだろう。しかしこれについては、まったく気にする必要はない。なぜならこのような考え方は、資本家サイドから見たものに過ぎないからだ。

確かに資本主義社会は、お金が循環しなければ繁栄しない。そしてだからこそ、資本家は企業の繁栄を望むわけであり、多大な広告費を投じて、消費者を煽る。

ところが・・・である。

ご存じだろうか。資本家の多くは、無駄なお金を一切使わない。一般人からみれば、羨むようなライフスタイルを送っているが、それでも収入を超える浪費などは決してしない。お金の重要性を知り尽くし、常にお金をどのように増やすべきかを考えており、その生活は意外に質素である場合が少なくない。つまり、無駄な消費の愚かさを最も知り抜いているのは、無駄な消費を煽り立てている彼らなのだ。

 

 


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