50代からの貧乏ながら気楽な人生

ミドルの視点から見たさまざまな問題やネタを綴ります。

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低賃金問題の改善と労働者の人生を輝くものへと変える方法


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■重労働や単純労働の労働者の生活を豊かにする

過酷な労働を余儀なくされている労働者は多い。また、過酷とはいえないもののつまらない単純労働を強いられていらっしゃる方も少なくないことだろう。このような末端労働の多くは、非正規労働者にあてがわれる。正社員が担当する場合もあるが、おおよそ末端に位置する従業員の担当となる。

過酷な重労働や単純労働は、おおよそ低賃金である。福利厚生などの保証にも乏しく、いつまで続けられるかの保証もない。退職金もなくボーナスもない。あっても雀の涙という程度のものにとどまる。

日々面白く働くことのできる業務に就く人の給与が保証される一方で、大変でつまらない仕事をあてがわれる労働者の賃金が低いのはなぜだろうか。

「誰にでもできる仕事に、高い給与など払うはずがないだろう」

おっしゃる通りである。そんな仕事はあなたでなくてもよい。代わりがいるのだ。しかし、重労働や単純労働を強いられる労働者からすれば、不満が残ることも事実ではある。大変でつまらない仕事なのに、低賃金でありしかも不安定な状況にある。いつ首を切られるかもわからず何の保証もないのだから、良いことは一つもない。

ということで、重労働や単純労働を強いられている方の場合、せめて生活を豊かにできればとは思われないだろうか。

あなたは日々重労働や単純作業を続けていかなければならない。しかしそれさえしていれば、家族はごく普通に生活をすることができ、子供たちにもまともな教育を受けさせることができる。生活は質素ながら将来に備えた貯蓄も蓄えるだけの余裕があり、老後の生活を思い描く余裕もある。

これであるなら、そんな重労働や単純作業をこなすことにも意味を見出すことが可能となり、不満が積もることはないだろう。

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■重労働や単純労働の賃金を上げるために

「そんな状況、得られるはずがないだろう」と、そう思われるだろうか。確かにこのような理不尽な状況を瞬時に変える方法はない。しかし時間をかけて徐々に変えていく方法は存在する。

それは皆が、低賃金でかつ重労働や単純労働をなるべく避けるということだ。

今後、人工知能の一般的な普及によってホワイトカラーの椅子は急速に減少していくことになる。ところが末端の重労働や軽作業は、人工知能では当分の間代替できない。重労働や軽作業とはいえ、高度で柔軟な思考能力を持つ人間が担当する。これらの作業は、しばらくの間、人工知能ができる領域ではないため、どうしても企業は重労働や単純作業を人の手に依存するしかない。必要なのだ。

よって、労働者はあえてこれらの仕事を選択しなければよい。

私たちの社会は自由主義であることから、職業において選択の自由は存在する。すぐに職に就けるから、学歴がないからという理由でこれらの職業を選択する流れをいったん考え直し、とりあえず重労働や軽作業という名の仕事を敬遠していく。

今後は人口の減少傾向も加速していくので、末端の労働者が重労働や軽作業に就かないようになれば、企業はふたつの選択肢を余儀なくされることになる。

まずはホワイトカラーの職をできうる限り人工知能に依存させ、社員を重労働や単純作業へと回す。ホワイトカラーからは多くの不満が噴出するだろうが、ホワイトカラーとて職業選択の自由はある。

もう一つの選択肢は、末端労働や非正規労働の賃金を限りなく上げることで人材を呼び込むことである。重労働や単純労働を誰もが選択しないようになれば、給与を上げるしか選択肢はない。

■労働には上も下もない

労働には実は上も下もない。どのセクションであれその業態に不可欠な仕事であれば、それは重要な部署と言える。たとえば、流通業や生産工場において、優れた意志決定ができる人材を抱えていたとしても、末端の労働者の存在がなければ業態は立ちゆかなくなる。

すべての業務を自動化できない以上、末端労働とて、企業が利益を上げるためには必要不可欠な部署であり、安く雇用される理由はないのだ。

「末端の労働賃金を引き上げたら、企業は存続できない」という意見もでそうだが、そのような企業は次第に淘汰されていくだけだ。実際首都圏などではこの淘汰がもう始まっている。問題は人件費の高騰にあるのではない。収益モデルの変革に対応できるか否かに目を向けるべきなのだ。

末端の労働部分を、別の人間に代替されないセクションにしていけばよい。そしてこのためには、職業選択の自由を持つ労働者が、なるべく末端労働を選択しないようにしていけばよい。

■将来を切り開くことのできる仕事だけを選択しよう

「考えはわかるが、俺には選択の余地がないし」と、多くの方が思われるかもしれない。しかし選択の余地はいくらでも存在する。

まずは現状の仕事をしっかりと認識する。もしその仕事に生き甲斐を感じることができたり、仕事を続ける何らかのメリットを得られるのであれば、それはそれだけで意味がある。よって低賃金であったとしても仕事を変える必要なない。

しかし、「日々なぜこんな無意味な重労働を続けなければならないのだろう」とか「こんな単純作業はもう続けたくない」「仕事にまったく面白味を持てない」「自分のスキル形成になんら意味をなさない」といったご不満をもたれているのなら、その仕事に価値がない可能性がある。よって、別の仕事を探されることをお勧めしたい。

ただしこの時代、退職の後に仕事を探すことはやめた方がよい。まずはしっかりとリサーチをして、今後の人生を見据えながら求職活動を始める。今までのスキルを活用できるのであれば、それもいい。それでいながら、単なる重労働や単純作業ではなく、価値を見いだせる仕事を数多く漁る。

また、将来につなげることができる仕事があれば、年収が下がったとしても選択する価値はある。

これまでの無意味で価値のない仕事を捨て、農業へ転身しようと考えて農家で働き始めた若者がいる。年収は半分以下になったし仕事は大変だが、現在の彼の日々は「学び」だという。このような転身を図る人もいるのだ。

もし、ご自分にスキルや学歴がないと思われるのであれば、資格を取得するのでもよい。とにかくは、これまで流されてきただけの人生をいったんリセットし、無意味に感じている重労働や軽作業で生きる道を改める。そして、将来を描くことができたり、生き甲斐を感じる職業を模索することをお勧めしたい。

起業した会社を10年以内に株式上場することもできる現在である。不満を抱えるあなたのこれまでの人生を一新することは、決して不可能な話ではないのだ。

 


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