50代からの貧乏ながら気楽な人生

ミドルの視点から見たさまざまな問題やネタを綴ります。

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50代ほぼ無職の最低男が生きる道とは


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■人生を諦めるのには少々早すぎる年齢

50代といえば、そろそろ人生も終盤戦という感が否めない。今後の人生はこれまでの生き方そのままでは乗り切ることができないと気付いていらっしゃる方は少なくないはずである。これについては、50代ほぼ無職の最低男の私も、さすがに気付いている。

「人生100年を考える時代なのでまだまだ人生半ばだ」とも考えているが、意気込みだけでは生きていくことができない。そこで今後の生き残る道をあれこれと模索することになる。

50代において、社会からはじき出されてしまっている私は、企業にお願いしたところで、末端労働以外の仕事を得ることはできない。しかし末端労働はどれもあまりおもしろい仕事はいえない。
せっかくの人生なのだから、仕事についても面白いものを選択したいが、選ばれる立ち位置ではその余地はないことは十分に理解している。

先日、同様の境遇にある同輩とお話をする機会があった。

「つまらん人生です。もうこのまま生き続けて死んでいくだけです」
末端労働に生きる同輩は、すでに人生を諦めていて、そこには悲壮感しかない。
「自分はそれだけの人間ですから」

おいおい、自分で決めてしまってどうするんだよと言いたかったが、人生論を論じあうことにも抵抗があったので、私はその言葉を飲み込んだ。人生なんて何とでもなるものである。しかし自分で自分を決定してしまえば、それを変えることは困難となってしまう。

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■資本主義社会の中で生きていることの認識

現在の日本は、すでに資本家の手の中にある。多くの非正規労働者が貧困に苦しんでいるのは、富を得るための資本家が利益を総取りしてしまうことに原因がある。

しかしこれはある意味致し方ないことでもある。資本主義社会は、資本家が考え出した構造でありルールだからだ。よって富を得るためには、資本家を目指すしかない。

ただしそこに行き着ける人間は1%にも満たず、多くの人間は、資本家を支える労働者や消費者となるしかない。資本主義とはそんな世界だ。しかしだからといって、社会主義や共産主義を迎合する気にはなれない。

さて、どうしようかという事になる。

資本主義社会に生きているわけだから、この仕組みをうまく用いて、自分の生きる道を構築するしかない。しかしよくよく考えれば、そんな道はいくらでもあるものだ。

■大河から水を汲み上げるシステム

資本主義社会には、膨大なお金が流通している。というよりも、お金が流通しなければ、資本主義は成り立たない。よって社会が存続する限りこの状態は続く。

ビジネスとは、このお金の流れを合法的に自分に向けるシステム作りだといえる。1回あたりの金額が端数的な少額なものであったとしても、勢いよく流れている部分に注目すれば、そして、その一部を自分に向けるようなシステムを構築することができれば、十分に自分が生活するだけのお金は手に入る。

たとえば、湧き水が染み出す所で多くの人と水を争ったとしても、自分が得られる水は努力に対して少ないものとなる。その一方で大河の川岸で水をくみ出せば、同じように水を欲する人間がいたとしても、十分な水を得ることはできることだろう。

なお、労働者の場合、直接的に源流や大河にアクセスすることは難しい。これらは企業体が管理しており、労働者は企業が一端大河から汲み上げた水の中から、生きるのに最小限度の水を配給されるにすぎない。

「君はよく働いてくれたから、今日はコップ1杯の水を与えよう」というわけだ。

労働者は、働かなければその日の水を得ることはできない。ただし、水へのアクセスは、困難ではあれ、誰もが試みることはできる。簡単に水を得ることはできないものの、試行錯誤を繰り返すことで自分が生きる程度の水を自分に向けることは不可能な話ではない。

自分のシステムを構築することができれば、以降はそれを維持したりさらに効率よく改善することで水は自分へと流れ続ける。システムなので、それが機能している間は日々水を得続けることができる。そしてそこに労働の有無は関係ない。

これがビジネスモデルというわけだ。

ちなみにあなたは、高級車に乗りゴルフ三昧を繰り返す企業の経営者をうとましく思った経験はないだろうか。彼らは大河から自分に多くの水を向けるシステムを持っている。そしてこの維持のために多くの労働者を使い、管理や構築をさせている。

労働者には、必要最低限の水を労働対価として与えている。しかし獲得できる水の量はとても大きいので、彼らは水をふんだんに得ることに成功する。おわかりだろうか。これが資本主義社会における資本家の豊かさの正体である。

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■汲み上げるシステムの構築方法

「何となく話はわかるが、でもどうやればいい?」

まずは大河を見つけることだ。より多く水が流れる地を探す。これはつまり市場である。大河でありかつ、水の量がさらに増し続けていることが望ましい。たとえば、GAFAは大河から水を得ることに成功した代表例だ。

「GAFAって?」

GAFAについては「ggrks」も含めてネット検索をしていただければと思う。なお、あなたは世界トップ企業のCEOになる必要はなく、あくまでも自分の生活を維持し、楽しく自由な人生を送るだけの水を自分に向けるだけ出よい。よって、これらのビジネスモデルをトレースする必要はない。大河は意外に多く見つけることができるはずである。

次はその大河から自分に水を向けたり汲み上げるシステム作りだ。

これには試行錯誤が必要だ。簡単に水を汲み上げることができると、最初から考えない方が良い。おおよそ最初は水は汲み上げることができない。汲み上げようとしては手からこぼれ、また汲み上げようとしては手からこぼれる。

しかしこれで問題はない。試行錯誤を繰り返していくうちに、少しずつ水を得ることができるようになる。時間かかるかもしれない。しかしやってできないことはない。

もっともダメなのは、試行錯誤をしないことと、途中で諦めてしまうことだ。また、考えてばかりで汲み上げようとしなければ、それは絵に描いた餅となる。

なお、システムというとコンピュータによる自動化のイメージが強くなるが、これはどのような形でも良い。別段手作業でくみ出す方法でも良い。

「手作業だと大変そう・・・」

まったく問題はない。作ってしまえば、あとはコップ一杯の水を与えることを条件とすれば、それをやってくれる労働者を見つけることができる。それはそれでシステムとなるからだ。

■自分の喉を潤す程度の水を得よう

さて、大河の水を自分に向ける方法、イメージできただろうか。

50代ほぼ無職の最低男であったとしても、そんなシステムの構築を目指すことで、案外気楽に生きることはできるものである。

まあ、楽なことばかりではないし、幾重にも立ちはだかる壁に遭遇することもある。しかしそれはそれである。乗り越え方を考えるのも、ゲーム性があって面白いものだ。

もし、あなたが私と同様の境遇にあられるのなら、大河から水をくみ出すシステムを考えてみてはいかがだろうか。

時間はかかるかもしれない。しかしあなたのこれまでの経験をもってすれば、自分の喉を潤す程度のシステムの構築には、きっと成功することだろう。

しかも自分で作り上げたシステムを運用するのに年齢は関係ない。システムは、老後を迎えてなお用いることができる。決して底辺の立ち位置に甘んじたり、人生を諦める必要はないのだ。




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