50代からの貧乏ながら気楽な人生

ミドルの視点から見たさまざまな問題やネタを綴ります。

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サラリーマン残酷物語


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■車を買い換えた隣人の話

「車、替えたんですよ」
近くの住人が遊びに来たときの事だ。彼はうれしそうにそう言った。彼は私よりも一回り若いが、地元大手企業の課長職にあるはずである。仕事は大変そうだが、経済的にはそこそこ安定している。立派な戸建てに家族で住んでいて、奥さんの車も別にある。

「なるほど、いい車だね」

私はそう答えた。不埒に生きる私とは違い、さすが真面目なサラリーマンである。ライフスタイルもスマートだ。大型のバンの中をのぞき込むと、革張りのシートがファーストクラスのシートのようだ。

「高級車だね。高そうだ」

私はこの車は300万円くらいするんじゃないかと思いながらそういった。

「ええ、全部で500万円くらいでした」
「500万円?!」

私は思わず大声を上げてしまう。聞けばこれまでの車の下取りが150万円だったので、残の350万円のローンで済んだという。ちなみに彼は投資や投機は無縁だ。つまり債務は今後、給与とボーナスの中から支払うことになるはずである。住宅ローンもまだ20年は残っているはずだ。また、彼には今年高校入学を控えた娘さんと、中学入学を控えた息子さんがいる。

「仕事が忙しくて休みもないし、せめてこの程度の贅沢はいいかなって」と彼は笑う。

私は話題をここで変えてしまった。あれこれとアドバイスをするほどの間柄ではなかったからだ。しかし私は、彼もまた、サラリーマンが陥りやすい罠にずっぽりとはまりこんでしまっていることを思い少々心が痛んだ。

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■サラリーマンはみんなで渡れば怖くない道

サラリーマンの場合、企業に雇用されているわけだから、働いている間は毎月給与を得ることができる。また、成長産業であればボーナスを得ることもできるはずである。その一方で、給与がベースアップで倍になるといったことはない。あがっても数パーセントという幅であり、中には毎年給与が減らされたりボーナスがカットされるということも少なくない。そしてこれは、個人の努力とは別の領域によって決定されてしまうので、おおよそあらがうことはできない。

日本に根付いていた終身雇用制度は既に終焉を迎えている。加えて資本家の多くは、今後サラリーマンの雇用制度を変更するために政治を動かそうとしている。つまり、正社員の立ち位置さえも、今後は崩れていく可能性が高いといえる。

しかし、大手企業に勤務するサラリーマンの中には、この動向に気づかないでいたり、気づいていてもまさか自分にその影響が及ぶはずはないと考えている人は少なくない。このため、これまで先人がたどった道を通ってさえいれば、人生はまともに展開するはずだと考えている人は少なくない。

また、周囲がすべてこの状況に気づいていない場合、事はさらに深刻な状況となる。限られた世界で生きていると、周囲の状況に流されやすい。周囲がそうなのだからそれで正しいのだと誤認識しやすくもなってしまう。先の隣人サラリーマンの彼もまた同様である。

彼の周囲、つまり同僚は皆、より良いライフスタイルを追い求めている。新興住宅街に戸建てを構え、少しでもグレードの高い車を購入しようとする。たぶんは職場での同僚との会話にもそんな話題が絡んでいることだろう。

先人がそのようなライフスタイルを送り、そして周囲が皆同様のライフスタイルを追い求めている。皆同じ道を歩み、同じようにライフスタイルを追い求めているわけだから、そこに大きなミスを認識することはとても難しいはずである。

■経済活動の歯車として生き続けることのリスク

必死に働くことで得た収入でライフスタイルを向上させようと願うことに間違いはない。少なくとも資本主義社会ではごく常識的な流れだといえる。しかし、ではなぜこれが正しいのかという本質的な部分に目を向ける人は限りなく少ない。

この社会では、多くのお金が血液と同様に円滑に流通しなければならない。お金が流れ続けなければ、経済に繁栄はない。また、社会においては、様々な経済活動がなされることで社会は豊かな状況を作り上げている。つまり経済が活性化するという事は、すなわちより多くの仕事が生み出され、仕事は忙しくなっていく。

お金の流れが活性化し、より多くのお金が流通するようになれば、インフレ状況が生じることになる一方で、より多くのお金が手に入ることになる。また、様々なサービスやプロダクツを購入することもできるようになるので、ライフスタイルを引き上げることができる。

ただしこのサイクルは、自転車操業の末の破綻を生み出すこともある。

人の欲望は不可逆的に増加する一方、サラリーマンの収入には限界がある。しかしこの社会には、無いお金を使うことのできる便利なシステムが存在する。つまりこれがローンである。

ローンには金利が付帯する。つまりお金を借りたなら、金利を乗せて返済する必要がある。また、返済不能に陥った場合、これまで得た資産のすべてを吐き出す必要さえある。ローンによって物流やお金の流れは活性化するが、この中で利益を得るのはお金を貸し出す側にあり、その利益分だけ労働者側は生活が困窮したり、労働時間を増やす必要がある。よって資本家は、より多くの労働力を得ることが可能となる。この循環の中でこれまではサラリーマンは生かされてきた。

ところが今後、資本家は多くの労働力を必要としなくなる。ホワイトカラーの仕事の多くは、人工知能にとって代わることから、資本家は人件費を支払う必要がなくなるからだ。すると、これまでの常識は通用しなくなり、先人の歩んだ安定の道はその時点で崩れることになる。

しかしサラリーマンの抱える多大な債務はそのまま残るので、結果として自転車操業は破綻し、資産のすべてを吐き出さなければならなくなるかもしれない。

借金を有効活用できるのは、借金の金利を超えた利回りを、自ら作り出すことができる者に限られる。そしてこれは、利回りを得る資産を持たないサラリーマンには実現できない。マイホームや車は、利回りを生むことはないからだ。

そしてだからこそ、金利の乗った借金はなるべく控える必要がある。あくまでも収入の範囲内でライフスタイルを上げ、残りのお金は貯蓄をし、金利を支払う側ではなく、金利を稼ぎ出す側に回っておく必要がある。

金利は魔力である。魔力に振り回される側に回るか、魔力を使う側に回るかによって、人生は大きく変わってしまうことになる。まやかしのライフスタイルを手に入れる代償として、生涯にわたる窮屈な生活を余儀なくされることもあるのだ。この点には、十分な配慮が必要となると考えている。

 




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