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50代からの貧乏ながら気楽な人生

ミドルの視点から見たさまざまな問題やネタを綴ります。

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「何歳からが老人だと思うか」の流布に隠された戦略

人生編 社会問題編 若者への提言編


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■「何歳からが老人だと思うか」に始まる戦略

「何歳からが老人だと思うか」といった問いを、マスコミやネットなどで頻繁に見かけるようになった。「あなたは何歳からが老人だと思いますか?」とアナウンサーが問い、「何歳からだろうか?」と考える隙もなく、街角のインタビューへと移る。

「70歳くらいじゃないかな?」
「75歳まではバリバリですよ」

といった元気な声が聞こえる。また、聞いてもいないのに「元気なうちは働きたいですよね」なんて答も。うーん。テレビショッピングのノリのようなこの展開は何なんだろう。

昔に比べ、現在の老人は元気である。まあこれ当然と言えば当然の事であり、わずか60年前に平均寿命が60代であったのが、現在では男が80歳、女は87歳までほぼ半数の人々が生きる。また、その5年前くらいまでは十分に自活をして生活することが可能であるようだ。
しかしだからといって「何歳からが老人だと思うか」について、世に問う必要性はどこにあるのだろうか。ただただ、老人の年齢の区分けをしたいだけのように思える。

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■さてさてその後の展開は?

さて、では老人の年齢が固まったなら、次なる展開はどうなるのだろうか。たとえば75歳以降を老人とする線引きがなされたなら、それがどんな意味を持ってくるのだろう。
答は簡単である。
「75歳までは老人じゃないんだから、働けますよね?」
「働いているうちは、年金なんかいらないですよね?」
「そもそも一億総活躍社会なんだしね」
「ということで、年金支給は75歳からにしましょうよ」
とまあ、こんな論理の収束を見せることになるんだろう。

■確かに現在のシニアはお元気ではあるが・・・

確かに60歳や65歳を超えても、十分に働けるほどに現在のシニアはお元気である。俺が日雇いバイトで週に2日程度働く職場の中には、シルバー人材センターからの紹介を受けて日々働いている老人もいる。年齢を聞くと70代だという。ところが、筋肉もあり動きも機敏で、テキパキと働く。57歳の俺がかなわない程にお元気である。

「お若いですね」
「いやあ、そうでもないよ」
「お仕事は毎日?」
「そう。週休二日で働いてるよ」
「仕事を持たれているシニアの方は、皆お元気ですよね」
「まあね。でも、元気じゃなきゃ生きていけないしね」
「年金でのんびり生活じゃないんですか?」
「いやいや、生活できるだけの年金がないんだ」
「お小遣い稼ぎでは?」
「小遣い?そんな余裕がありゃ働いてねえよ」

先日現場で出会ったシニアの方である。手弁当を食べながらあれこれとお話を聞くと、自営だったこともあり国民年金で、なおつ保険料の支払い期間が短かったこともあり、支給額では生きていくことができないという。また、日々の労働はさすがに辛く、元気なうちは何とななるが、体調を崩した場合、どうやって生活をしていけばいいのか考えると不安になるという。

しかしこの方の場合、少額でも年金が支給されているからまだ良いかもしれない。今後、年金支給が75歳になったなら、路頭に迷う人々が増大するのは火を見るよりも明らかである。

70代の方のすべてが、この方のように元気ではない。また、元気であったとしても、重労働に耐えるだけの身体を維持できている人はむしろ少数派であるはずだ。

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■「働いていたい」と「働かなければならない」の相違

生涯仕事を持って生きていきたいと、そう思われている方は少なくないはずである。周囲のシニアの方々を見てみると、何らかの仕事を持たれている方の方がお元気な傾向ははっきりとしている。しかしだからと、シニアの方々が働くことが、すべてにおいて正しいかというとそんなことはない。

年金での生活が可能であるものの、旅行へ行ったり孫に何かを買ってあげたいからと、週のうちに何日か働いているという方もいる。このような方々の場合、自発的な労働であり、身体を壊したならその際には仕事を辞めればよい。仕事は生き甲斐にもつながることから、自ら望んで働くのは精神的にも好ましいと言えるだろう。

一方で、年金がなかったり、年金を受給するまでまだ間があるというシニアの方の場合、労働に対する想いは全く異なるものとなる。なぜなら、労働に自発性はなく強制的なものとなるからである。他に収入源がないわけだから、働かなければ食べていくことができない。この追い詰められた状況の中で、安定した仕事はないし、見つかった仕事が過酷なものであったとしても受けなければならない。楽で安い仕事をしていては、生活が続かないので、自ずと肉体を酷使する日々を送らなければならない。

60歳を超える頃になると、いくら見かけは若いようであっても、肉体的な衰えは避けて通ることはできない。そんな肉体をもってしても、選択の自由はないのだ。いかがだろうか。小遣い稼ぎの労働と、生活を支えるための労働。両者の相違はとても大きいとは思われないだろうか。

「元気なうちは働きたいですよね」

これを笑顔でいう事ができる人は、せめて現在のシニアかミドル以降の人々に限定される。一方、現在40代よりもお若い方々、特に非正規で働く方々は、今後仕事が限定され、それでいて年金を頼ることはできない。「元気なうちは働きたい」などといった選択肢はない。ふっ倒れても必死に仕事を探して働く必要があるからである。シニアの労働環境の整備が取られぬままの支給年齢の引き上げは、無理があるわけである。

だからこそ、十分な準備を、たった今から始められることをお勧めしたい。そんなことを思う今日この頃である。 

 




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