結婚する人生としない人生のそれぞれのメリットデメリット
■格差社会が結婚できない若者を増やしている
格差社会の到来により低所得者の割合が高まると、さまざまな社会的問題を引き起こすことになる。この問題のひとつが、結婚できない若者の増加である。非正規労働者の場合、低賃金でありなおかつ生活基盤が脆弱である。いつ仕事がなくなってもおかしくない状況下に置かれるため、なかなか結婚に踏み切れなくなるわけである。
本来であれば、結婚をして妻と手を取り合い幸せな生活を送る中で子供が誕生し、そして家族が形成されていく。夫や妻から父や母となり、そして子供を育て上げたなら、第二の人生を楽しむといった流れを体験することになる。
ところが、一見あたりまえのこの様な人生を、たとえ望んでいたとしても送ることができないとなると、その責任は本人以外にもあるような気がしてくる。社会構造に問題があるために、そんな犠牲者を生んでしまっていることも否めない。
結婚をしたくてもできなかったり、苦しい生活の中であえて結婚をするまでもないと認識する若者が増えた場合、それは国力の脆弱化へと繋がることさえある。結婚をしないわけだから、当然のこと子供を生み育てることはない。そしてそんな若者が増加すれば、自ずと人口は減少傾向へと向かっていくことになるからである。また、たとえ結婚したとしても、所得が低ければ二人三人と子供を増やしていくことは難しい。子供を育て上げるには、多大なコストがかかるからだ。
そんな状況が顕著となりつつある現代において、結婚は果たして勝ち組なのか負け組なのかについて今回は考察してみたい。まあ、そもそも結婚を勝ち負けの素材として取り上げること自体に無理があるわけだが、俺のようなミドルの年代になると、結婚をしていたりしていなかったりといった様々な人生を歩んで現在に至る知人友人が多く存在することになる。また、双方の思惑やライフスタイルなどを見聞きする機会も多々ある。
結論から申し上げると、いずれの選択肢にもメリットデメリットは存在する。よってどちらが勝ち組という結論は得られない。そこで結婚をするしないのメリットデメリットという観点から考えを進めていくことにしよう。
■独身を通す人々の生き方とは
俺の友人に50を過ぎているが結婚をしていない男がいる。彼の場合は自営でありそこそこ金は持っているはずなので、経済的な理由で結婚しないわけではないらしい。なぜ結婚をしなかったのかと彼に問うと、「彼女のような女性が身近にいなかっただけだ」と、美人女優の名前を挙げる。「あのなあ。自分の顔も見とけよ」と思わず突っ込みをいれたくもなるわけだが、しかし彼は彼なりに充実した人生を歩んでいる。そもそも家族に金がかかるということがないので、稼いだ金は自分の自由となる。この年齢になると、若い頃ほどの物欲はなくなるし、無駄な浪費も比較的少なくなるものなので、あまり生活費もかからない。彼が経済的には苦労をすることは、まずないことだろう。
もう一人、結婚をせずに50代を迎えた女性がいる。彼女は地方公務員だが、仕事が安定していることもあり、あまり結婚の必要性を感じなかったというのが、独身であり続ける理由であるらしい。しかし公務員として働く女性の中には、同様に独身を通す人は少なくないのだそうだ。ちなみにこのケース、民間企業ではあまり見受けられない。民間企業においては、女性が働き続ける環境は、現状もしっかりと整備されているとは言い難い。つまり、経済的安定に恵まれていれば、選択の自由が得られるということになる。ちなみにこの女性に趣味を問うと、若手アイドルの追っかけなんだそうだ。
さて、彼らに共通する点は、経済的な問題を抱えていないという点にある。一人で働き、そして生きるわけであり家族を養う必要がない。よって経済的自由は家族持ちよりも得やすい状況となる。しかし、その一方で将来に対する一抹の不安は払拭できないでいるようだ。ただ、将来の不安は家族持ちでも多々あるわけであり、これは独身を貫いた人間のみが抱えるものでもなさそうである。
■結婚をして家族を持つ人生のメリットデメリット
次に、結婚して家族を養うというありふれた人生を選択した場合のメリットデメリットについて考えてみたい。ちなみに俺は、結婚をして家族を養う方の人生を選択している。まあ、結婚当時は真っ当に働いていた。また、30歳になった頃に、我が子の顔が拝みたくなったのも、結婚を選択する大きな理由のひとつではあった。
しかし、結婚生活は意外に過酷なモノがある。
結婚当初は共働きが可能となるため、経済的な問題は発生しにくい。ふたりの給与を合算しての生活が可能となるわけだが、ふたりで生活したからと、生活費が2倍かかることはないからである。ところがこの状況は、子供ができた段階で一変することになる。子供ができると、しばらくは妻が働くことはできない。すると、ひとりの労働によって得られた給与で、3人が生活していかなければならなくなるからだ。
それでも子供が小さいときはまだ何とかなる。ところが子供が高校から大学へと進む頃になると、とんでもなくカネがかかりだす。しかも下の子供もできたりするわけで、とにかくは多大な経済負担を余儀なくされることとなる。
まあ、家族ができるということで孤独感は解消されるし、家族を養っていくという過酷さは、そのまま生き甲斐にも繋がりやすい。また、子供たちの成長を追うことができるのは、親の立場としてとても素敵なことでもある。
老後は妻や子供たち、そして孫に囲まれた生活を送ることができる可能性が高まる。熟年離婚などをしなければ、そして真っ当に働き続けた後に迎える老後であれば、それなりの余生を過ごすことができるので、それはそれということになる。
■結局はどちらも善し悪しがあるというありきたりな結論に収束
人生は人それぞれなので、どれが正しくてどれが間違っているかという棲み分けはできない。結婚をしてもしなくても、それが自分の選択した道であるのなら、それはそれで正解であるように思える。
ちなみに、現在持つ記憶をそのままに、もし20歳に戻ることができるのであれば、俺はきっと結婚はしないだろうと思う。2回目の人生は、自分のためだけに生きてみたいと考えるからだ。しかしこれは、すでに家族を作り、子供を育て上げるという経験を経ているからともいえそうだ。もし20歳に戻った自分が、これまでの記憶を抹消されてしまっているのなら、やはり結婚をして子供を育てたいと考えることだろう。
なぜなら、経験したことのないことは、とりあえずやってみたいと考えるのが、自分の基本的な生き方であるからだ。
「でも、結婚をしない人生を経験していないわけだよね」
確かにそうである。ところが、俺は30歳を過ぎて結婚をしている。つまり10年近い独身生活を経ている。この中で独身生活のメリットデメリットは十分に習得していた。このため、結婚生活がどの様なものなのかについて強い興味を持ったという流れがある。独身貴族という言葉があるように、独身生活を俺はとても充実して送ることができた。しかしその一方で結婚生活を知らなかったので、それもしてみたくなったわけだ。
ということで、この話にはオチはない。しかし将来に後悔を残さないために、もし結婚をしたいと考えられるのであれば、それはそれで大変なことであることを認識した上で、結婚に向けた活動を始めるべきである。また、結婚など絶対にしたくないと考えるのなら、一人で快適に生きていくための人生プランをしっかりと考えれば良いと思う。
人生における後悔とは、やってみて失敗することよりも、やってみなかったことのなかに、強く大きく形成される傾向があるからである。
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