50代からの貧乏ながら気楽な人生

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ミニマリストとシンプリストの相違点とは何か


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■ミニマリストとシンプリスト

最近よく耳にする言葉に、「ミニマリスト」や「シンプリスト」というものがある。ご存じだろうか。これらを実践されていらっしゃる方も現在では少なくないようだ。この方々の生き方は、現在の俺の意識にも合致するため、最近はとても興味があり、あれこれとネットで情報を得たり、そんな方々のブログを読ませていただいたりして、勉強させていただいている。

ちなみに、ミニマリストとは、所持品を究極まで削減し、最小限のもののみで生きるスタイルを送る人をいう。つまり、バッグ一つでどこへでも移動できる人のことだ。

一方でシンプリストとは、必要と思われる日常品は持つモノの、すべてにおいて最低限なものに限定している人をいうんだそうだ。現在では断捨離という言葉も広く知られるようになったが、一般的な生活を送る人が、徹底した断捨離を行った結果得ることができるライフスタイルと、それを送る人々をミニマリストと呼ぶようである。

今回はこの「ミニマリスト」と「シンプリスト」について、その相違点やメリット、デメリットなどを考えてみようと思う。

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■ミニマリストのメリットデメリット

さて、最初のミニマリストだが、先にもふれているように、バッグ一つで引っ越しができてしまうほどの荷物しか所有していないという。これぞ究極のライフスタイルであるといえる。モノ依存を完全に断った境地ともいえる。ただしこれ、基本的に独身者でなければできないだろうし、そもそも結構カネがかかりそうなライフスタイルだといえそうだ。

何も持っていないわけだから、たとえば自炊をすることができない。また、モノが少ないわけだが、服を着ないわけにはいかないので、洗濯をする必要があるはずである。ところが洗濯機はないだろうから、コインランドリーやクリーニングサービスを用いる必要があるかもしれない。まあ、「服などもないので、下着を手洗いする程度でことが足りる」という方もいらっしゃるかもしれないが。

さらには、生活の場を確保する必要があるが、基本的にモノがないわけだから、寝るにも苦労するはずである。ミニマリストは、何も持たない代わりに、カネをふんだんに持っている人のみが送れるライフスタイルのような気がする。

たとえば、2009年の米国映画に「Up in the Air」という作品がある。邦題は「マイレージ、マイライフ」という。ジョージクルーニー主演だ。わりとヒットした作品なので、ご覧になられた方も多いと思う。この映画の主人公は、企業が提示したリストラすべき人員に対して、解雇を通告するためのアウトソーススタッフであり、日々全米各所の企業を飛び回り、年間300日出張に費やす。当然日々ホテル暮らしとなるわけだが、彼は似合いのスーツ、そしてコンパクトなスーツケース一つで移動する。

面白いのは、彼がごくたまに戻る自宅だ。彼の自宅はコンドミニアムの一室だが、ホテルのように何もない。冷蔵庫を開けると、そこにはホテルによくあるミニボトルが用意されていたりする。年間で50日程度しかいない部屋なので、それもうなずけるが、彼はその生き方に当初満足しているという設定だ。

それなりのスキルや実績を持っている人物として描かれていて、年収もかなりあるように見受けられる。なんせブラックカードを持っているしね。また、出張手当も手厚いようで、その中で彼は豪華な夕食を取っているし、バーでかっこよくグラスを傾けていたりもする。

これこそが、ミニマリストの極みであるわけだが、つまり何も持たない代わりに、カネを使って生きている。俺はこの映画がとても好きだし、主人公の生活に憧れていたりするが、カネがない俺には、これを行うのは無理そうである。ミニマリストは、貧乏人には向かないライフスタイルのようである。

 

■シンプリストによって得られるモノとは

一方でシンプリストの生活はどうだろうか。シンプリストの場合は、生活から無駄と思えるものの一切を省く。これは逆にいうならば、必要最低限のモノのみ所持する生き方である。よって、生活に不可欠なモノはそろっているので、バッグ一つで引っ越しをすることはできない。しかし必要最低限なものしかないので、たとえば部屋が散らかるという事はない。

一般的な家庭においては、とかく雑貨が多くなりがちである。それらが積上がるために、片づけが必要となり、また、収納が必要となるわけだが、シンプリストの方の部屋は、そもそも散らかるモノがないのだ。

また、シンプリストを継続するためには、部屋に不要なモノを持ち込んだり、買い込んだりすることはない。日々小物が増えていくこともないので、徐々にモノが増えたり、年末に大掃除をする必要すらないという。よって、節約に気を使うまでもなく、日々の出費は最小限のものとなる。

それでも生活に不可欠なモノはそろっているので、カネのかかる外部サービスに依存する必要はない。家に帰れば快適に時間を過ごしたり、自炊をして食事をとったり、汚れ物を洗濯したり、ゆっくりと睡眠をとることもできる。つまりミニマリストは、なるべくカネを使わずに、それでいて快適な生活を送るための究極のライフスタイルと言えるのではないだろうか。

 

■アクセルを踏みながらブレーキを踏む矛盾

一般的な生活を送る方々は、基本的に生活を豊かなものにしたいと考えているはずである。この意識が根底にあり、よって物欲を満たしたいと考える。物欲を満たすということは、部屋にモノが増えることを意味する。また、それはイコール、支出を重ねるということにもなる。つまりモノを買うことは、そのまま支出を重ねることだ。

ところが、カネは泉のように湧いてくるわけではないので、使う額には限りがある。そこで、なるべく節約をしようと考え始めることだろう。

つまり、「モノが欲しい」->「モノを買う」->「カネが足りない」->「節約」->「モノが欲しい」というサイクルを繰り返すことになる。ところがこのサイクルには大きな矛盾があり、かなりのストレスがかかることが予想される。

基本は豊かになりたくて、そのためにはモノが必要であり、なおかつカネが足りないがためにその欲求を抑える節約生活を余儀なくされている。つまり、常にアクセルを踏みたいと考えており、実際にアクセルを踏むのと同時にブレーキを踏んでいることになる。

一方シンプリストの方々は、一般の方々と意識が異なるように思う。つまり、アクセルは必要最低限しか踏むことはないし、できれば踏みたくない考えている。このため、ブレーキの機能は彼らにはそもそも必要ない。生きていく上で最低限のモノ以外、彼らはカネを使わないし、その中で快適な生活を送る術を知っている。彼らには「節約」という考え方はない。ライフスタイルのすべてが、基本的にカネを使わないですませることで満たされているので、その中での節約意識は、あえて必要ないわけである。

さて、いかがだっただろうか。

とても素敵なミニマリストの生活、そして、徹底した機能美ともいえるシンプリストのライフスタイル。ご自身の年収や生活環境により、自らの目指すライフスタイルは異なることだろう。しかしもし、少ない収入の中で、より豊かで快適な生活を送りたいと願うのであれば、シンプリストの方々が持つ意識は、とても参考となるはずである。

そして、シンプリストの意識を自分のものとして手にすることができたのであれば、きっとあなたの今後の人生は、それまでにない素敵なものへと変化していくはずである。そう、アクセルを踏みつつブレーキを踏むといった苦悩からは、きっと解放されることだろう。

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