50代からの貧乏ながら気楽な人生

ミドルの視点から見たさまざまな問題やネタを綴ります。

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努力と結果を同じ尺度で考える人に成功はない?


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50代も終わりに近づいているのになお底辺を爆走しているわけだが、この年齢になると、周囲には経営者の存在もちらほらと見え始めるものだ。

長い人生を不埒に過ごす人間がいる一方で、計画的に事を進めつつ、自らの夢を掴み取ることに成功する人間もいる。また、成功を目指して努力を続けるものの、その芽をいまだに発見できない人間もいる。

底辺男の私からすれば、成功者となる者とそうはならない者には、能力以外の別の部分に何らかの差異があるのではないかと思えてもくる。

先日知人数人と話をしていて、その差異について気づくことがあった。そこで今回はそんなお話をしてみようかと思う。

■「結局お前、何がしたいわけ?」

今回お話をした知人二人は、成功者となる者、なれない者の典型的な例として捉えることができた。いや、今なれていないからと、今後も成功を手にすることができないかどうかはわからない。

しかし、成功者の何気ない助言は、底辺男の私には、ちょっとした衝撃として受け止められた。

この話、実はなかなか芽が出ない男が、成功者に相談をするといった機会だった。私はもともと話の外であり、そんな会話に参加する立場にはなかったわけだが、たまたまそこに同席することになった次第である。

「これまであんなことやこんなこともやってきた。必死に努力してきたんだ」
芽が出ない男がそういう。
「それにもかかわらず、まったく芽が出ない。オレのどこが間違っていたんだろうか」

なるほど、確かに彼は努力をしている。それについては、私も断言することができる。しかし努力に対して成果を得られていないわけだから、それは運なんだろうかとも思える。

運も実力のうちだが、確かに運に恵まれて成功を手にする人もいないわけではない。
ところが、そんな芽が出ない男に成功者はこのように質問をした。

「お前、結局何がしたいわけ?」

芽が出ない男と私は、同時に「え?」と言葉を返した。

「だから、努力をしたいのか、それとも結果を手にしたいのかってことだよ」

いやいや、違うだろうと私は思う。当然彼は結果を手にしたいのだ。そしてだからこそ努力を続けているのだ。これは単純な話であり、真っ当なプロセスではないか。多分は芽が出ない男も同じ事を考えたはずである。しかし、成功者はそんな思いをあえて無視するかのように言葉を続けた。

「お前の話は、努力をしたがっているように聞こえるよ。努力をしたからって結果を得られるとでも考えているのか?」
「努力なしに結果なんか得られないだろう」
「それは確かだ。しかし努力だけではだめなんだよ」
「どういうこと?」と私は横から口を挟む。
「必要なのは結果なんだ。よってどれだけ努力をしたかなんて関係ないわけよ」

■「努力なんかに甘えるな」

成功者の話はこうだった。

夢を掴むためには結果を積み上げる必要がある。結果を得るために努力は不可欠だが、努力をしたからと結果が得られるとは限らない。

しかし、結果を得ることは至上命題なのだから、努力をするしない以上に、結果が出ているのかいないのかに注視する必要がある。そしてもし、結果が出ないのなら、結果が出る方法を模索しなければならない。

あくまでも結果が必要であり、結果の積み重ねが必要である。結果が出ないからと、努力などといった悲劇のヒロインばりの状況に責任を添加するなということだそうだ。

すべてが結果であり、努力など関係はない。死ぬほどの努力をしても結果が出なければ意味がないのだから、常に結果が出ているかどうかをしっかりと見定め続ける必要があるというのが成功者の意見だった。

うーむ。やはり成功を手にする人間の考え方は一味違う。どうりで彼は成功者であり、芽が出ない男は芽が出ず、そして私は最低男なわけである。

もし、あなたが今後、何らかの形で成功を追いかけるのであれば、この成功者の談のように常に結果に注目しそれを積み上げる必要があることだろう。

「努力なんかに甘えるな」

つまりはそういうことなんだそうである。

 




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