50代からの貧乏ながら気楽な人生

ミドルの視点から見たさまざまな問題やネタを綴ります。

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「お金を使うことが罪悪ではなくお金に使われることが罪悪」という話


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徹底して固定費を削減するとともに、基本的にお金を使わない生活を追求していけば、国が定めた生活費基準の最低額以下であっても、案外不自由なく生きていくことができることについて、本ブログの各所で申し上げてきた。これらの記事をお読みの方の中には「金儲けは悪いことだ」「お金を使うことは罪悪だ」と極端に受け止められてしまう方もいらっしゃるかもしれない。

しかし、お金儲けもお金を消費することも、決して悪いことではないし、むしろ日本経済発展のためにはとても好ましい事である。よって、お金を儲けるチャンスが巡ってきて、しかもそのチャンスを活かしたいとお考えである場合は、どこまでも儲けていただきたいし、そのお金をどんどんと消費して経済に貢献していただければと思う。

消費が拡大すれば、そのお金は巡りに巡って貧しい人々の懐にも多少は入ることになる。経済が好転すれば、幸せになれる人は今よりも多くなるはずである。

ただ、「儲ける」「使う」という循環の中では、それに翻弄されてしまう方々も出ることになる。というよりも、大多数の人々がそんな状態に陥ってしまう。そしてこれこそが、人生を歩むうえで大きな罪悪となりうる。今回はそんなお話を少々してみたいと思う。

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■今よりも豊かな生活を手にしたいと望む人の未来

「一生懸命に働いて、今よりも豊かな生活を手にしたい」と、多くの方はこのように考えられているはずである。頑張って収入を上げれば、それだけ豊かに生活をすることが可能となる。欲しいものを躊躇なく手にすることができるし、快適な住環境を得ることもできることだろう。旅に出たいと思ったならばスケジュールさえ調整できればどこへでも行くことができる。資本主義社会においては、お金さえあれば、おおよそのものは手に入る。実に便利なシステムといえる。

このため人は一生懸命に働く。人々が一生懸命働けばそれは直接的、もしくは間接的に社会に貢献することにもなるわけであり、人々が生きていく上での利便性も大幅に上昇する。住みやすい環境の中で、便利にそして豊かに生活を送ることができるわけなので、こんなに素晴らしいことはない。・・・はずなのだ。

ところが、一度豊かさを追求しはじめると、その方向性に歯止めをかけるのが難しくなる。そしてこの辺から、理想のライフスタイルの追求が、何やらおかしな方向へと歪曲しはじめてしまう。

「給料がはいったらあんなものが欲しい」と考えて働いているうちはいい。しかしそのうち、「ボーナスをあて込んであれも買ってしまおう」ということになる。また、友人がブランドの時計を購入したのをうらやましく思い、次はそれが欲しくなる。同僚が車を購入したからと、自分もそれにならう。上司がタワーマンションに引っ越しをしたので、自分もそんな生活を手に入れようと考える。

生活を豊かにしたい、欲しいものを手に入れたいと頑張って働いたはずなのに、次第に働いて得た給与を超える支出をしはじめたりといった収支バランスを無視した消費に手を染め始める。

すると、毎月銀行口座に振り込まれた給料が、そのままクレジット会社などの返済に流れて行ってしまう。それでも新作のスマホは毎年リリースされるし、たまの休みには海外にも出かけたい。足りない分はカードでキャッシングと、さらに首が閉まり始める。

すでに毎月の返済額は多大なものとなっており、しかも貯蓄もない。このため、仕事をクビにでもなろうものなら、翌月から生きていくことができない。各所からはこれでもかというように請求書が届き、自由になる金はほとんどない。

さてこの状態、お金を使って豊かに生活をしているといえるだろうか。このような状態の中で、右から左へと流れるお金のために、日々過酷な労働を強いられてはいないだろうか。これはまさにお金に使われた生活であり、人生とはいえないだろうか。

■資本家による資本家のためのシステム

これまでに何度も書いてきたいことだが、資本主義社会ではお金が回り続ける必要がある。このことをもっともよく知っているのは、資本家の人々である。よって彼らはお金が循環するシステムの構築に知恵を絞る。そしてこのシステムによって得た膨大なお金を、「消費」ではなく「投資」として使うことでさらなる利益を追求していく。

彼らは得たお金のすべてを消費に回したりはしない。あくまでもリターンの望める投資に使おうとする。また、無駄な税金を支払おうとはしない。しかし皆が同様に消費をせずに税金を支払わなければ経済は回っていかない。しっかりと税が収められなければ国が成り立たないことも知っている。

物理的に社会を機能させるためには、多大な労働力が必要となる。そこで資本家は、より多くの消費をさせるための仕組みを作る。また、この仕組みをつかってもらうために、さまざまなメディアで啓蒙を行う。

多くの人々はその仕組みに影響され、消費を拡大しようとする。消費を拡大するためには必死に働く以外ない。すると、作り上げた仕組みをその労働力で動かすことができる。また、労働によって労働者に所得が発生すれば、その一部が税金として徴収されるため国自体も潤うことを知っている。

豊かさを追求するために消費を拡大しようと考え始めた多くの人々は、永続的な労働を余儀なくされることから、資本家は消費構造と労働力の双方を手にすることになる。結果として、経済が回り、労働者の税金によって成り立つ国や市場において、資本家は利益を追求し続けることができるわけである。

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■便利な世の中のはずなのに生活が楽にならない理由

昨今、高品質な製品が市場にあふれ、高い利便性を持つサービスが私たちの生活をより良いものにしているかのように見える。「便利な世の中になったものだ」と、多くの人々が口をそろえる。

しかしそれではなぜ、私たちの生活は、昔から比べて楽にならないのだろうか。相変わらず過酷な労働に日々を費やす必要があり、豊かさを追求しているにもかかわらず、窮屈な毎日を余儀なくされているのだろうか。

極論を申し上げると、現在の社会は労働者にとって便利な世の中とはいえない。労働者が楽に生活できる社会とはなっていないのだ。便利というよりも、より消費しやすい社会構造となっている。欲望のままに消費を増やすことができる構造にはなっているが、その消費に見合う所得を追求しやすい社会にはなっていない。

これはなぜだろう。この答はすでにおわかりだろうと思う。現在の社会構造を作り上げているのは、膨大な富を得ることに成功した資本家の人々だからであり、彼らが利益を追求するために立てられた筋書でしかないからである。

■私たちが豊かに幸せに人生を送るためには

さて、では私たちが豊かに幸せに人生を送るためには、どのような対策を講じればよいだろうか。これについても、各所でふれてきているので、本ブログをお読みの方であれば「またかよ」と思われることだろう。

それは、消費を超える支出を一切しないことである。働いて得たお金の中ですべてを賄い、残額をしっかりと貯蓄に回す。クレジットなどは使わず、借金もせず、欲望のままに次から次へと繰り出される製品やサービスに飛びつくことなく、「収入=支出+貯蓄」のスタンスを絶対に崩すことなく、人生を歩むことである。

これさえしっかりと守ることができれば、お金に振り回されることはなくなるし、過酷な労働に縛り付けられることもない。

「そうはいっても俺の場合低所得なので・・・」と思われるだろうか。いえいえ。あなたは十分に所得を得ている。お金を使わずに人生を楽しむことに、あと少しだけ頭を使っていただければ、あなたはお金に振り回される生活から必ず脱することができる。毎月貯蓄を積み上げることもできる。

しかも、どうしても必要なものはいつでも手に入れることができるし、行きたい場所へも行くことができる。月々の返済に苦しむこともないし、万が一職を絶たれてしまったとしても、じっくりと次の戦略を立てることができるはずである。

お金を使うこと自体は罪悪ではない。しかしもし、あなたがお金に使われた人生を送られていらっしゃるのであれば、その環境からはいち早く抜け出した方が良い。人生は案外楽で楽しいものであり、自由なものであることに、きっとあなたも気づくことができるはずである。

 




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