50代からの貧乏ながら気楽な人生

ミドルの視点から見たさまざまな問題やネタを綴ります。

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格差の必然性と問題点


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■格差が生じるのはむしろ当然のこと

格差社会の問題について、あれこれと調べていると、「負組に落ちたのは、本人の努力や能力が足りなかったからであり、それは自業自得である」といった手厳しい意見を見ることがある。また「弱者があれこれと、当然の権利であるかのように要求すべきではない」といった意見にも出くわす。

これらはある意味正論でもあろうかと思う。少なくとも自分自身の過去を振り返るにつけ、負組へと落ちいった原因は数々あるからだ。

たとえば、若き頃、将来を見据えていた友人たちは、将来を見越してしっかりと勉強に励み、大学へと進学したり、修士や博士課程を経たりしていた。一方で、朝まで飲み歩いたり、おどっていたり、女の子をお持ち帰りしていた。今を楽しめばそれでよいと考え、楽な道を選び、いつも無計画で、ちょっとした山さえも越えることがなかった。

このような両者に、まったくの格差がないのは、むしろ不平等であるともいえる。そしてだからこそ、格差社会の底辺にいるのは当然のことであり、底辺がいにくいからと、平等を訴えるなんて気はサラサラない。これは、まさに自業自得であり、何らおかしな話ではないと理解している。・・・ただしだ。

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■まさか自分がこんなことに?

世の中にはさまざまな人生を歩む人々がいる。これまで勝組ルートを歩んできたのにもかかわらず、理不尽な外的な要因により、一気に負組の中に転がり落ちる者もいる。また、必死に這い上がろうとしながらも、それがかなわない者、本来であれば勝組に行くべき人間が、家庭環境や経済的理由において、夢を諦めざるを得ない人々もいるわけである。

仮にこのような不遇の人生を歩むことになった人々は、努力や能力が足りなかったのだろうか。自業自得なんだろうか。また、少なくとも憲法によって保証される権利を要求すべきではないんだろうか。「落ちていく人間は、所詮弱者」と、見てみぬふりをしていて良いのだろうか。

ちなみに、底辺に転がり落ちてくる人々の多くは、皆同じことをいうものである。

「まさか自分がこんなことになるなんて」

そう。今、勝組にいるあなたかもしれないのだ。

■貧困層の拡大が与える影響

貧困層の拡大は今後、勝組の多くの人々の立ち位置も揺るがすことになる。貧困層からは多くの税収を見込むことはできないどころか、国の負担は増大する。高度経済成長期のような爆発的な需要を生み出すこともない。よって、政府や大手企業もまた、税収や売上の低迷に悩むことになるし、現状はそんな状態にある。必死の努力の末に得た自らの領域さえも犯すことになるのだ。つまり、貧困層、そして格差の拡大は、結果として国民全体を不幸にしていくことになり、誰にとっても対岸の火事ではないのだ。

さて、では俗に言われる勝組が、今後も勝組であり続けるためには、どのような社会構造になければならないのだろうか。現在、それまで大手と言われた企業の多くが、生き残りの道さえ見出すことができないでいる。グローバリズムをビッグチャンスとしてとらえ、さらなる飛躍をしているはずではなかったのか。そんな企業の多くが、崩壊の道を歩み始めている。さて、企業の多くが、減収減益に頭を抱えるのはなぜなんだろうか。

貧困層の拡大は、消費の縮小につながる。貧しい人間が増えるわけだから、当然のこと、消費は低迷していく。非正規労働者の多くは、年収200万円台での生活を余儀なくされている。結婚はできず、できたとしても困窮生活を余儀なくされることになる。

「出勤日や出勤時間を短縮させて、消費を拡大させよう」との政策もあるようだが、非正規労働者の場合、労働時間の短縮は、そのまま減収につながり、とても消費を生み出すどころの話ではない。そんな貧困層の増加が、消費限界を作り出している。試行錯誤の上、新たな需要を引き出そうとするが、もともと消費者の多くが困窮状態にあるのに、消費が伸びるはずがないのだ。

■勝組が勝組であり続けるためには

資本家が資本家で在り続け、勝組が勝組であり続けるためには、市場に血液たる資金が循環し続けなければならない。お金の循環が消費を生み、消費は利益や税を生み出すからだ。

そのためには、どうしても貧困層の拡大を阻止しなければならない。真面目に働きさえすれば、夢を追うことも、結婚をして子供を育てることができる社会を取り戻す必要がある。

豊かではなくても、まともに生涯を送ることができるようになれば、誰もが普通の生活を送りたいと考えるようになる。結婚をして子供を育て、幸せな家庭を築くようにもなる。そしてここに、多大な消費が生まれる。よって企業は、労働賃金を引き上げる必要がある。人件費を削減することで経費を削減しようとするのではなく、新たな消費を生み出すための投資として、人件費を使う必要がある。

一方、政府は年金や福祉医療において、充実したセーフティネットを用意する必要がある。少しでも税を絞り取ろうという考え方は一旦やめ、先行投資として国民を優遇しなければならない。つまりお金を使うことだ。

■拡大をはじめるであろう消費

賃金が上昇するとともに、将来の不安が払拭された段階において、国民はやっと消費を拡大させることだろう。これまであきらめていた結婚をして、子供を産み、人並みに育てたいと考える。家庭を構築し、貧しいながらも幸せであり続けたいと願う。週末には家族で郊外へとでかけ、ちょっとした贅沢をしたいとも考えるようにもなることだろう。

セーフティネットにより、老後の不安が払拭された状態にあるならば、必死にお金を貯める必要もない。つまり今以上に、市場にはお金が流れ、消費は明らかに拡大傾向をたどる。すると企業の売上や利益が上がり始めるので、国の税収も徐々に増え始めることだろう。資本家は資本家として、勝組は勝組として、今の地位を保持することができるはずである。

現状は、企業が入ったお金を内部留保として貯めこみ、国もまた取る方に意識が向いてしまっている。このため、市場に流れるお金が極めて少ない状態だ。また、年々貧困層が増加傾向にあるわけであり、消費を拡大させるための層がない。これでは経済市場全体が活性化しないのは当然のことなのだ。

東京のみならず、日本全域の消費を拡大させる必要がある。一部のみに目を向けていると、結果としてその地域のみに人が集まりすぎることになる。また、その地域でいくら売上があがろうとも、結果として消費が拡大しないなどの副作用も出てしまうことだろう。

とまあ、今回もこんなネタで記事を書いているわけだが、さすがにこのネタ飽きた。国を動かせる実力者が、はやくそんな政策を打ち出していただきたいと願うばかりだ・・・と思っていたりする57歳底辺男である。

 

 




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