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50代からの貧乏ながら気楽な人生

ミドルの視点から見たさまざまな問題やネタを綴ります。

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「誰にでもできる簡単な軽作業」が大変な本当の理由


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■「誰にでもできる簡単な軽作業」とは何か

アルバイト求人誌や求人ネットサイトなどを見ていると、「誰にでもできる簡単な軽作業」というコピーを頻繁に目にすることになる。ご覧になった経験をお持ちの方も、いらっしゃることだろう。「誰にでもできる簡単な軽作業」を目にされたあなたは、この仕事の真実、どのようなものとお考えになるだろうか。

「実際には重労働で大変な仕事であるに違いない」と思われるだろうか。それとも、「軽作業と言うからには、大した仕事ではなく実際簡単なんだろう。給料も安いわけだし」と思われただろうか。これらの考えは、ある意味では正解であり、また、ある意味で間違っていると言える。今回は「誰にでもできる簡単な軽作業」の実態について迫ってみたいと思う。

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■「誰にでもできる簡単な軽作業」は誰もができない

求人誌などで目にする「誰にでもできる簡単な軽作業」は、結論から先に申し上げれば、確かに「誰にでもできる簡単な軽作業」であることが多い。ただし、正確に申し上げるなら、「誰にでもできる可能性の高い単純作業」となるかもしれない。微妙なニュアンスの相違だが、この違いは大きい。また、単純作業故に、実に過酷な労働となることがあるので、注意が必要である。

まずは、「誰にでもできる可能性の高い」という部分の解説から始める。「誰にでもできる」から「誰にでもできる可能性の高い」と書き換えたのには理由がある。というのも、実際にやってみると、誰もができるとは限らないからである。

いや、多くの人間は難なくこなすことができるかもしれない。しかし、これまでサラリーマン一筋で他の業界を全くしならない人間がこれをやろうとすると、思うようにできない場合が少なくないのだ。

たとえば、ある企業の営業部長45歳が、突然倒産で職を失ったとする。45歳といえば子供にもお金がかかる頃だから、のんびりしているわけにも行かず職探しを始める。ところが、思うような仕事がなく、とりあえずアルバイトをしようと考えてこの手の仕事を始めたとする。

「簡単な仕事など不本意なことだが、生活のためだ。仕方ない」

と、そう考えながらも、一時のアルバイトを始める。派遣されたのは食品工場であり、朝から晩まで、ラインで流れる数千個のおにぎりに海苔を巻く手巻きおにぎりの製造作業だったりする。

簡単な説明を受けた若者は、それをいとも簡単に始め、そしてこなしていく。ところがミドルの域にあり、しかも家事などまったく経験のない人間は、頑張ってもこれができない。いや、時間をかければなんとかなるが、それではラインが規定スピードで回らない。

「あんたダメだな。そっちで掃除でもしてて」

若い監督者にそういわれてしまう可能性は高いわけだ。そんなとき、かつて営業部長だった彼は、「こんな仕事すら、俺はできないのか」と、大きく凹むことになる。つまりはそういうことである。

 

■「単純作業」は「楽な仕事」ではない事実

次に「単純作業」という点について、考えを進めていく。

先の例では、おにぎりに海苔を巻くという作業だった。現在では多くのおにぎりは、機械によって海苔を含めて包装がなされるため、手で海苔を巻く作業はないが、それでも手巻きとうたう商品には、このような作業工程が介在する場合がある。

巻くといっても、おにぎりに海苔を乗せてそれを裏に折り返すといった程度の作業なので、これといったテクニックは必要ない。まさに単純作業である。体力もさして使うことはないことだろう。この意味で軽作業といっても嘘ではない。

ところがこの作業、朝から晩まで連続的に続くのだ。休むことなく1日数千個のおにぎりに海苔を巻き続けなければならない。そしてこの作業には、創造領域もなければ、自らの能力を駆使する部分もない。流れてくるおにぎりを、製品として遜色ないように扱い続けることが要求される。

人は、同じ姿勢や同じ動きを1日中継続することになれていない。しかし、ライン生産においては、これが要求される。考えることも否定され、とにかくはラインスピードに合った生産を、正確に続ける必要がある。きっと初日の夜には、手が腫れ上がり、指が思うようには動かなくなるに違いない。
実は耐え難いまでの重労働であるわけだ。ところが、求人においては、この部分はあえてふれない。あくまでも「誰にでもできる簡単な軽作業」として、人を探しては現場へと派遣することを繰り返す。

 

■末端労働者の賃金を引き上げるために

さて、ではこれほどまでの重労働が、なぜ低賃金であるのだろうか。大変な仕事であれば、もっと給料が高くなっても良いはずである。しかしこの手の仕事の給料が上昇する気配はない。これはなぜだろうか。というより、答について、改めて言及するまでもないだろう。つまりこれが「誰にでもできる簡単な軽作業」だからだ。

「いやなら辞めていいよ。人ならいくらでもいるから」

派遣請負会社に文句を言えば、きっとこの言葉で終了である。また、このような単純作業に、正社員として高い給料を支払い続けなければならない人材をあてることはできない。採算に合わないからだ。よってこの手の仕事は、パートか派遣をあて、社員はその監督といった構成が好ましくなる。

大変だがそれ自体にさしたる価値がない労働は「誰にでもできる簡単な軽作業」としてくくられる。実際に誰が従事してもすぐにできるポストとして用意され、そこに日雇いや派遣労働者をあてるのが、もっとも自然で且つ合理的なわけである。

「サラリーマンは企業の歯車」などといった言葉があるが、この手の労働者は、歯車ではない。単なる潤滑油なのだ。つまり完全な消耗品であり、足りなくなれば射せば良いだけの存在と言える。だから、このような仕事に就いていても決して未来はない。

もし、この作業の賃金を上げたいと思われるのなら、「誰にでもできる簡単な軽作業」とあったなら、その仕事は避けることである。このトレンドが社会全体に浸透すれば、「誰にでもできる簡単な軽作業」は多大な人材不足に陥ることだろう。

正社員をあてることはできないが、安くても働き手がいくらでもいるから、賃金が安いのだ。しかしこの部分の人材が大幅な不足に陥れば、日本の製造メーカーの多くは大きく頭を抱えることになる。すると、人材を確保するために、賃金は徐々に上昇することになる。賃金を上げなければ働き手がないのであれば、それに従うしかないからだ。

「誰にでもできる簡単な軽作業」には就かない。これは弱者のささやかな抵抗として有効となるかもしれない。

 




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